BIOGRAPHY


ura

小学校の裏で

70’s〜80’s

・郊外の街で喘息と戦いながら育つ。将来成りたかったものは新聞記者、漫画家、声優、などだった。

・中学時代からこっそりと厨二病を併発。

・高校生の頃、ブームに乗って(モテたくて)バンドを組もうと軽音楽部に入部を希望するも希望者が多すぎて足切りされる。仕方なく映画部に入部。徹夜で脚本書いたり8mmフィルムを切り貼りする日々。

・それでもバンドがやりたくて(モテたくて)バンドを組む。楽器はなんでも良かったのでベースもドラムもやった。

・街中で拾ったギターで遊び始める。ギターに彫刻刀で穴を開けたりペイズリーの生地を木工用ボンドで貼り付けたりする。

90’s〜

・大学生になり、念願の軽音楽部に入部(モテたくて)。自分はジミ・ヘンドリックスの生まれ変わりだとこっそり思う日々。コピバン活動と地下室での無目的な時間に日々を費やす。この頃Dinosaur jr.やNirvana、The Smashing Pumpkinsなどに出会う。当時のシアトルのミュージシャン相関図に思いを馳せる日々。

・大学を卒業して就職。仕事は忙しくともそれなりに週末は遊び惚けて脳ミソがカラカラになる。行き場の無い奴らの溜まり場でハンドパワーを駆使する日々。

・Fuji Rock Festival ’97会場へ友人と3人で向かう。チケットは持っていなかった。ハンドパワーで3人分のチケットを入手して会場へ入る。Rage Against The Machineの演奏をバックに台風の雨風の中でマッドスライディングを楽しむ人々の陽気な空気に心ときめく。ウッドストックを追体験した気分でいた。この3人でロックバンド”Drill”を結成する。後、Drillは4人体制に。

00’s〜

・謎のミレニアムバブルに乗っかって、かねてより憧れていたビンテージのFender Jazzmasterを購入する。自分は完全体になったと思い込む。

・Drillのシンガー、ギタリスト、ソングライターとして活動を継続。どんな音楽をやっているかという問いに対して「ドリル系です」という面倒くさい返しを繰り返す日々を過ごす。

・週末はバンド活動と深夜の新宿の盛り場通いでカラカラだった脳ミソが綿飴状態になる。

・その後Drill脱退。

・MMORPGの世界に閉じこもり、暗殺者のスキルを磨く日々を過ごす。

・この頃、鳴りを潜めていた厨二病が再発し、死の淵をさまよう。脳ミソは萎み、ベタベタになる。

10’s〜

・久しぶりに人前でギターを弾く機会ができたのでEpiphoneのエレアコを購入。アコースティックなバンドで何回か演奏する。

・自分で音源を作りたくなり、MacBookAirを購入。Garagebandの操作を習得して音源作りを始める。厨二病との共生の道を模索し始め、それまで書く事ができなかった日本語詞を書けるようになる。ソロプロジェクトとして”Drill”を再開する。

・レコーディングで使ったスタジオで誘われてオープンマイクで自分の歌を歌うようになる。ライブ熱が高まり、演奏場所を求めて方々をさまよう様になる。

・都内のライブバーなどを中心に活動。弾き語りのスタイルに活動の指針を見出す。

・活動を続ける中、自身のミッシングパーツを発見。2016年3月26日Gibson Hummingbird入手。

・2018年1月元日改名。活動名を蒼伎敬と改める。<今ここ